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昔書いた小説とかのせておきます

Feb 2

孤独の離脱(1)

一話 自分からの離脱(1)

僕の部屋はハロゲンヒータの暖かな空気と幸福でみたされている。

たぶん。よくわからないけど。幸福は目に見えるものじゃないし、何かを通じて感じられるものでもない。だけど、暖かな空気は肌を通して、間違いなく感じられる。それはきっと幸せなことで、やっぱり僕は幸せなのかなぁ……と考える。これが本当なのかは解らないけど。

「ねぇ、わたしさ……」

「……なに?」

沙希は疲れているのか、後に続く言葉がいい出しにくいのか、大きなため息をついた。

「……魔法使いになっちゃった」

「そう……」

「反応薄いね」

「何度も聞いたからね」

それから、午前中の光りもあふれている。透明か青色みたいな色の光りだ。さっきまでは、あつい息とか、嬌声とかもありふれていて、それは部屋の外にもあふれ出ていた。あつい息と、嬌声と。そのふたつと僕たちの幸福でいっぱいだった。

「でも、今回は本当だよ」

彼女は、終わったあとに決まって魔法使いになったという。最初はそうじゃなかった。その次もたぶん違う。でも、いつからか、終わったあとに魔法使いを自称するようになっていた。毎回、祈るような声でそれを告白する。

沙希は、自分の力ではどうにもできない悩みでも抱えているのか? と、心配してしまう。どうしようもならないものを魔法で解決したいのだろうか。

「もう、何度めになるよ? その話」

「何度もしたよ。たくさん、たくさん」

「それで、今回は?」

「今回も本当」

沙希は、実は魔法使いなんじゃないか。

そう仮定して考える。いつの間にか本当の魔法使いになっていて、それを隠すために、騙すために何度も何度も魔法使いを自称しているのかもしれない。本当になったことを悟られないように、冗談みたいに口にする。

そんなことを考えるのはあほらしいだろうか? だけど、可能性のひとつとしては考えられる。そんなことはないに限りなく近いけど。

「……ごめん、嘘。いままでは嘘だった。今回は本当」

「そう……」

この瞬間に嘘が本当になったのかもしれないと考える。バカみたいだ。

「信じてよぅ……」

彼女はいじけたように人差し指で僕の胸板をなぞる。僕の頭はぼんやりしていてよくわかってくれないけど、のの字でも書いているのかもしれない。

「くすぐったいよ」

「わかってる。信じてくれたら、やめてあげるよ」

「じゃあ信じる」

これが、一応やさしさだと思う。

だけど、これは一般にいう優しさとは大分違って見えるだろうし、僕自身もそれをやさしさといっていいのか解らない。ただ沙希にそういってあげたいと思ったからそうした。それはただの衝動かもしれないし、心の底から出た言葉なのかもしれない。自分のことなんて解らないから正しいのかなんて判らないけど、それでも本当にいってあげたかった。

こんなことは僕には珍しいことで、それは彼女――沙希が特別だからだ。彼女に執着しているし、だからこんなこといって、考えている。

だけど、ただ、思う。僕が沙希を愛せなくなってしまったら、彼女はどうなってしまうのだろう。まぁ、実際はどうにもならないけど。

そんなときが来るかもしれない。僕じゃなくても、沙希が僕のことを愛せなくなってしまうかもしれない。そのときはそのときだけど、ただ、そのあと彼女はどうするのか。きっと、どうもしないで生き続けるだろう。それか、死んでしまう。自殺かもしれないし、車に轢かれるかもしれない、病気かもしれない。もう少し近い未来のことをいえば、別れたときに、悲しんでくれるかもしれない。運良く死ななければ、今よりずっと未来にそんなこともあったなぁ……ってなつかしんでくれるかもしれない。

こんなのはただの想像で、妄想で、こんなことを考えたからといって沙希が未来そうするかは解らない。だいたい、まだ別れてすらいないし。

だけど、別れてしまった未来に、そんなふうに思い出してくれたら幸せだ。僕も魔法使いを自称する変な子がいたな、って思い出すだろう。忘れはしないはずだ。

そんなふうに、僕の中に沙希の存在が残って、沙希の中にも僕が残るかもしれない。

それは、他の人の考え方や、精神に影響を与えるということだ。その人の心の中に自分の存在を残して、また、その自分に影響された考え方をその人は伝播させる。ぼくの存在はどこまでも広がっていく。子供を残す以外の方法で、僕自身の存在はないけど、情報として残していく。そんな喜び。だけどこれは、屈折した自己顕示欲なのかもしれない。

「軽い言葉だね」

「本気だよ」

この言葉が沙希にどんな影響を与えるかは解らないけど、彼女はいま生きていて、僕の言葉を聞いた、きっと意識もしないようなところにそれは蓄積されている。何かの拍子に思い出すかもしれないし、気付かぬうちに影響も与えているかもしれない。

だけど、僕は本当に信じているのだろうか。魔法なんて実際にある訳ないと思っている。でも、あってもいいんじゃないか。とも思う。それは、あって欲しいなのかもしれない。僕のためか、沙希のためかは知らない。僕のためでもなく沙希のためでもなく、どこかの遠い誰か、たとえば紛争地帯で死にかけている人、渇水にあえいでいる人たち、そんな人たちのことを考えてのことかもしれない。

まぁ、どうでもいいんだけどさ。嘘でも本当でも。沙希はいま笑っているのだから、間違いなく幸せだし、なら幸せにさせる言葉の真偽なんてどうでもいい。

「そんなに簡単に信じてくれるのは、君が魔法使いだから?」

「ぼくは違うよ」

「そうだったね……」

疲れてしまったというふうにため息をつく。けだるげで、実際疲れているんだろうけど。もう寝たほうがいいのかもしれない。まだ全然朝だけど。

「沙希は、どんな魔法を使えるの?」

訊いてみる。体は水袋みたいに重くてぶよぶよしている。これはただの比喩だけど、実際にそうなったような気分だ。それぐらい疲れているのにこんなことを訊くのは、なにか話をしていたいのだろう。僕は沙希のことが好きだから、彼女の語る魔法の話に耳を傾けて、それを子守歌にして寝たかったのかもしれない。そうできたら幸せだから。あとで真面目に聞いてなかったって怒られるかもしれないけど。

「まだわからないよ。魔法使いになったばっかりだから。でも、何でもできそうな気がする」

「じゃあ、いつか見せてね」

「そのうちね」

そのうちは、来るのだろうか。

「疲れてるの?」

「そりゃあね」

「元気がない」

「どっちの意味で?」

「常識的な意味で」

「疲れてる」

いまにも目蓋が落ちそうかもしれない。大体、今日は寝不足なんだ。運動したあと、暖かい部屋でぼんやりしていたら眠くなるのは道理だ。

「さっきまであんなに元気だったのにね」

「どっちの意味で?」

「両方」

頭のねじでも飛んでたのだろう。

「わたしのこと、好き?」

「うん……」

「さっきまでうわごとみたいにいってた。何度も何度も」

それはもきっと頭のねじが飛んでいたからだ。好きだよ沙希。好きだよ。大好きだよ。何度も繰り返した。沙希のいう、うわごとのように。

「それなのにいまは怠そうで全然ダメ」

「ダメって……ひどいね」

だけど、いまの僕は心がどこかに行っているのかもしれない。心の所在なんて元から解らないけど。解っていたら僕も苦労なんてしない。だけど、こんなに打ち込むこともなかっただろう。その場合は他の何かを見つけていたはずだ。

「なんか、眠そう」

「結構眠いかも」

「寝ちゃう?」

なんてささやかれたら心が傾いてしまう。でもいいや、気分がいいし、このまま寝てしまいたい。

「そうしようかな」

いま何時だろう。沙希が来たのはぼくが寝た少し後で、やっぱり時計を見てないから時間は判らないけど、明るくはなっていたはずだ。それから何時間ぐらい経ったんだろう? 頭がぼんやりしていてよくわからない。でも、なんでもいいや、寝よう。

「僕が寝たら沙希はどうするの?」

「どうもしないよ。シャワー浴びたら一緒に寝る」

「沙希はいつもしたあとシャワー浴びるよね」

「イヤ?」

「なんで?」

「何となく、イヤそうだったから」

「そんなこと、ないよ……」

それは、自分の存在を伝える方法のひとつを否定された。そんな風に、心の底で考えている。とか、そんなことだろうか。それは嫌だな。なんとなく、傲慢だ。

あぁ、もう……眠い。

「じゃあ、シャワー浴びてくるから」

「おやすみ」

ばたん。って扉の閉まる音が聞こえて、あとには満身創痍の僕と、曖昧な幸福が残された。