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昔書いた小説とかのせておきます

Feb 3

孤独の離脱(2)

一話 自分からの離脱(2)

「もう人いないね」
「午後だしね」
正月の午後。正確な時間は判らないけど、雲におおわれた太陽は天頂よりも西にある。
「あっ、まだ屋台でてるよ」
なんてはしゃぐ彼女。人もまばらで、屋台の大部分が撤収しているけど、まだ参道沿いにいくつかやっていた。
「帰りにたこ焼き買っていこうよ」
「そうだね」
「ほら、冷たいんだ」
近所の別に大きくもないけど、近くでは一番大きな神社。もう何時間か前までは人が沢山いたはずだ。いまは本殿の前で何人かが賽銭を投げたり、交代に鈴を鳴らしたりしている。
「こうしたらいい?」
「あぁ……手が冷たいから温かくなるね」
下を見れば手がつながれていた。温かくて、しびれる。きっと幸せだ。
「不機嫌?」
「別にそんなことはないと思うけど」
いま困ってることなんてないし、ままならないと思っていることもない。ただ、なんとなく、閉塞感というか、鬱屈としているというか、自分の頭のすぐ上に何かじゃまなものがあって、うざったい。そんなような気はする。
「魔法でも使えたら、何とかなるかもね」
「何か悩みごと?」
「わかんない」
「理由がわかったら解決してあげるよ」
「はいはい」
べつに、沙希の魔法を信じていない訳じゃない。ならそれに頼ればいいんだけど、そうしたくない。嘘だったらどうしよう。と思っている。僕の悩みが解決しないことじゃなくて、沙希に嘘をつかれたことが嫌なんじゃなくて、これは正確じゃないけど、沙希が嘘をついている。嘘をつかなきゃいけないような状況に置かれていることが嫌だ。やっぱり正確じゃない。頭の中でぼんやりしている問題は言葉にしようとしてもうまくまとまってくれない。言葉なんて頭の中の抽象を伝えるには貧弱すぎるツールだ。
と、愚痴っても、まだ相談すべき悩みごとすら決まっていないのだけど。
「沙希は、何か悩んでることとかある?」
「なんだろう……あるような気もするけど、ないような気もする」
「そっか」
割と脳天気な彼女は一体なにに悩むのだろう。
「脳天気なこの子は何を悩むんだろう。だいたい、悩んだりする心なんて載ってるの?」
僕の悩む顔をどうとらえたのか知らないけど、そんなことをいってきた。
「自虐ネタ?」
「脳天気って思われてるんだ……」
「思ってないよ。こんな言葉遊びができるんだから」
「頭の出来と脳天気さは関係ないよ」
「そっか」
参道を歩く。正月だっていうのに空には青みがかった灰色の雲がわだかまっている。さっきまでは晴れていたけど、少し寝ている間に曇ったらしい。まるで誰かの心象風景みたいだ。
「空、きらきらしてるね」
「はぁ?」
「いま素で応えたでしょ」
「全然晴れてないじゃん。青空のかけらも見えない」
どんよりしている。あつく堆積したような雲が山の向こうに見える。きっと、夕方すぎにはは雪が降る。
「脳天気なおんなのこらしいことをいってみました」
「拗ねてる?」
「かも」
「そっか。ごめん」
拗ねたりなんてするんだ。なんか、少し意外だった。
「だけど、空はきらきらしてるよ」
青灰色の雲が逆巻いている。
「ほら」
そういって、天頂に近い空を指さす。
「太陽に近いところは光が透けてきらきらしてるでしょ。模様がきれい」
たしかに、そんな風に見える。もやのような雲の隙間から天使の梯子がおりている。
「もう午後過ぎてるんだね」
僕は何を見ているのだろう。ふと考えた。何も見ていないかもしれないし、何かを見ているのかもしれない。目に入ってきたものをどう思っているのだろう。それを見ているのだろうか。
そんなこと考えても解らないけど。
「うん」
「きれいだね。気付かなかった」
「何も考えてないからだよ」
考えてない……のかもしれない。あんまり解らない。いまはこうやって考えてる。だけど、他の時はどうだろう。考えていないのかもしれない。でも、考えてないという状態が解らない。寝ているときと同じなのかもしれない。何か見ていたとか聞いていたとか、そんな記憶は単なる記録としてならあるけど、そのときは何も感じていない。
「ねぇ、いま何か考えてる」
何も感じていないのなら、そのときぼくは心を持っているのか? 何も感じていないのなら、人じゃないのかもしれない。
「何かって?」
「空がきれいとか」
「さぁ? そんなこといきなりいわれもわからないよ?」
本当に何も考えていないのか? 意識に上がってこないだけで、脳の深いところでは何か他のことを考えているんじゃないか。考えていない状態なんてあり得ないと思うけど、それがあり得ないということはあり得ない。あり得ないことを説明する方法が思いつかない。
「じゃあ、何も考えてない時ってある?」
こんなことを考えるのが怖いかといえば、怖くない。それで僕の何かが変わる訳じゃない。その状態を自覚するだけだ。僕が心を持っている状態であれ、心のない状態であれ、この現象に気付いたからといって僕の中で変わるものはない。
「ぼんやりしてて頭が停まってるような状態っていうか」
「それはあると思う」
単に僕が異常なだけ何じゃないかとも考えたけど、そうでもないらしい。だけど、そんなことはどうでもいい。やっぱり、それで何かが変わる訳じゃないから。わざと考えないようにしているような気もする。実は怖いのかもしれない。
「帰らない?」
「まだお祈りもしてないけど」
でもなんとなく疲れてしまった。この神社は境内に行くまでの階段が長いし、今日は朝から体がだるかった。
「はぁ……」
「そんなに帰りたい?」
沙希は僕のことを心配そうに見ている。情緒不安定にでも見えているのかもしれない
「まぁ……」
「まぁ、じゃ解らないよ。君の考えてることはいつも解らないけどね。考えてるのかも解らないし、考えないで、いつの間にか意識が感じるものが存在してそう」
僕と付き合う前、沙希はこんなこと考えただろうか。彼女の考え方に影響を与えたんだな……ってさっき寝る前に考えていたことを思い出した。
「まぁいっか。たこ焼きたこ焼き」
口調を変えて、にっこり笑う。変な節もつけている。斜め上から見る彼女の顔は本当に嬉しそうで、僕もなんとなく楽しい気分になる。楽しいと感じているんだ。沙希の笑う顔にはそう感じさせられるだけのものがあるんだ……ってさっきの考えを引きずっているみたいに考えた。
「そんなに楽しみなの?」
「んー……どうだろ。わかんない」
「ならなんでそんなにたこ焼きって」
沙希の考えていることは解らない。だけど、沙希も僕の考えていることは解らないらしい。元から考えが露出している頭も存在しない。
「のーてんきな女の子だからね。そんなことでも楽しいみたいに思えるんだ」
「本当に根に持ってる?」
「ううん。脳天気っていわれたのが嬉しかったから」
「脳天気っていわれて?」
「うん。脳天気なのはいいことだよ。いろんなことを楽しく思えるのはいいことだよ」
「ふぅん……」
わかんないっていっていたのはどうなんだろう。脳天気でいたいと思って、意識してそう行動しているのだろうか。
「君みたいに辛そうにして生きるのは嫌だしね」
「そんな風に見えるの?」
「すごく」
自覚がないだけで、そんな風に生きているのだろうか。何も考えてない訳じゃない。脳天気な方ではないと思う。むしろ理詰めでものを考える方だ。それは辛く見えるのだろうか。
「脳天気に生きたい?」
「うん。くだらないことに悩んだりしてたら楽しくないしね」
「僕には解らないよ」
つまらないと思うことにも何かを思って考えて、何か見つけないと、損をした気になる。強迫観念みたいに、常に何かを考えないと思う。それが辛く見えるのかもしれない。また、いつの間にか何も考えていない、心がないような状態に鳴っている自分を見つけて苛んだりして、それも辛く見えるのかもしれない。
「まっ、わたしは何も考えないのが幸せってことで。君は考えてるのが幸せ。人それぞれなんだよ。きっと」
「そうだね」
「寒いし早くお参りして、たこ焼き買って帰ろう」
「うん」
歩きながら話していたら、賽銭箱の前まで来ていた。
財布を取り出して小銭入れを見る。視界に入ってきた沙希の顔。
「なに?」
「五円玉」
「持ってないの?」
「鞄持ってこなかったからお財布忘れた」
「そっか」
財布の中に五円玉はひとつしか入ってなかった。
「はい。一個しかなかったからレアものだよ」
「いいの?」
「たかい方が御利益ありそうだから十円にするつもりだったし」
「ふぅん……ありがと。ねっ、知ってた?」
「何が?」
「お賽銭は音を立てて神様にこっちを向いてくださいって意味なんだって。だから、金額は関係ないんだって」
じゃあ僕の十円にも意味はないのかな。
「知らなかったけど、それが?」
「だから、五円玉ひとつでもだいじょぶ」
「なんかセコくない?」
「いいじゃん。わたしと春巳がずっといられますように」
「なんか日本語おかしくない?」
がらがらって鈴を鳴らす。音が鳴りにくいのか鈴縄を右に左に大きく振っている。なかなかに力強い。
柏手を打って、目を閉じている。僕と沙希がずっといられるように祈っているのだろうか。だけど、拝殿の中には正しいお参りのしかたとして絵付きで二拝二拍手一拝のしかたの看板置いてある。それに気付いていないのか、無視をしているのか、ぽんぽんしただけで終わらせていた。これじゃ神様もお願いをかなえてくれないだろう。
祈り終わったのか、ゆっくり顔を上げて、
「春巳はなんてお願いした?」
「ん、あぁ、何もしてなかった」
「えー。なんで?」
「沙希に見とれてたから」
「何いってるの?」
っていいながら照れてる。たぶん、絶対、違う意味で取られてる。露出している頭の中なんて存在しないのだから、しかたがない。べつに、喜んでるみたいだからわざわざ誤解を解くこともない。
「じゃ、いまからするよ」
僕も沙希に倣って手をぽんぽんする。
何を祈ろうか。僕と沙希がずっと一緒でいられますように?
「はい、終わり」
「なんてお願いした?」
「んー……なんだろ」
「教えてよ」
僕もなんて祈ったんだか解らない。何も祈ってないのかもしれない。それは、うまく考えがまとまらなかったのかもしれないし、自力で何とかしたかったのかもしれない。
「まぁいいけどさ……」
そういって、振り返ってもと来た道を歩き出した。
遠くに見えた黒い雲の塊は、さっきよりもこっちに近づいているような気がする。ずいぶんと早い。夕方になる前に降り出すかもしれない。
沙希はいつの間にか石畳の端っこを歩いて、灰色の雪の塊を蹴っていた。たくさんの参拝客に踏まれてぼろぼろで汚れていて、みすぼらしい雪だ。まるで子供みたいに無邪気に振る舞う沙希の姿を見ながらそんなことを考えていた。
「たこ焼き、楽しみだね」
「楽しみだね」
オウム返しに返事をした。そんなに楽しみか?

別に不本意とか、望んでなかったとかそういうことは全くないし、怒ってるなんてことももちろんない。むしろ幸せなくらいだ。
「ほらっ」
「…………」
景色がいい。山ばっかりの田舎だけど、景色だけはいいんだ。石段の頂上にほど近いところに座っている。一段が二十五センチとして、何段くらいだろう。百八段くらいあるのかな? 神社だから違うか。まぁいいや、百八で考えよう。そうすると……二十七メートルになるのか。意外と低い。でも、自分とくらべればけっこうな高さだ。土地自体の高さも足すともっと高くなる。それは当たり前で、そんなことを知ったからといってここの高さが変わる訳じゃないけど。
凍ったみたいな真冬の空気が頬や指、耳、つま先に痛い。午後だっていうのに、全然温かくならない。曇ってなかったら違うけど。沙希がきれいといった空も、いつしか雲がずいぶんふえて、太陽なんて隠されてしまった。
薄暗い中に沈んだ風景が寂しい。ほんと、景色だけはいいんだけど、いまは、ただただ暗い気持ちにさせられるばっかりだ。街の外につながる国道と線路とちっぽけな駅舎が見える。電車の軌轍を踏むたたん、ととん、という音が輪郭をずいぶんぼやけさせてここまで届いてくる。国道を走る車のうなりはここまで届かない。
目の前の山と、厚い雲の空でこの街は何かに囲まれているみたいだ。閉塞感そのものを閉じ込めた箱庭みたいだ。
「電車、来てるね」
「ほんとだ。めずらしい」
雪が降っていたら音はここまで届かなかっただろう。雪が音を吸収してしまうんだ。僕も、周りを過ぎていく有象無象にスポイルでもされているのだろうか? そんなことは思い過ごしで、ただ能力が足りていないだけだ。
鬱屈なのだろうか? よくわからない。沙希はこんな状態を表す言葉を知っているだろうか。
「あーん」
「はいはい」
別にそんな風になることなんてないんだけど……なんで、こんなに気分がふさいでいるんだろう。雪が降るから、雪かきがめんどくさい? 僕に心がないかもしれない? そんなことは大した問題だと思えない。ただの周期的な気分の浮き沈みなのかもしれない。少しは脳天気でいるべきなのかもしれない。
「あつっ」
「ははっ。できたてだからね」
「わかってるならいってよ……」
「ぼんやりしすぎだよ。いつもそうで、そういう人なのはわかってるけど、その態度はどうなのよ?」
「反省します……」
何も考えないほうがいいのだろうか。
必死にたこ焼きに息を吹きかけている沙希を見て思う。そんなふうに、どうでもいいことに真剣になれるのにあこがれているのかもしれない。
沙希の真剣さがうらやましい。
「脳天気むすめ」
「そうですよー」
にこにこ。無邪気そうに笑う。本当に幸せなんだろうな。
雪に閉ざされた街は真白い。空は灰色だけど、雪は弱い光でもしっかりと反射している。自分の仕事をさぼることなく。まわりの雪片たちと同じように、休むことなく反射し続けている。そんな彼らは何か考えたりするのだろうか?
「はい。もう一個」
「冷めてるの?」
「冷ましてあるよ」
まださっきのたこ焼きを口の中でもてあましていて、正直そこまで食べたくはない。だけど、沙希が食べさせてくれるのなら、食べる。口を開けている僕はひな鳥みたいだと思った。
「おいしい?」
「うん」
おいしいし、嬉しいよ。ただ、そう思った。そんな風に純粋にものをとらえられたのなら幸せだ。
「熱いけどね」
「ははっ」
石段の向こう側、街の方から風がびょうと吹いてきた。午後なのに柔らかさのかけらもないな風は凛冽としていて、月並みな表現だけど身が切られるようだった。
「寒いね。そろそろ帰ろうか」
全然寒くなさそうに、だけど、しっかり頬は紅くしながらいった。この脳天気で無邪気な彼女が僕より年上だというのは信じられない。



その脳天気さも無邪気さも、演じているだけで、そうしていつの間にかそれが本当にならないかと待っているのかもしれない。頭もいい沙希のことだから、そんなこともあるだろう。
ゲームをしながら笑ってる沙希の姿を見て思った。
だけど、不自然さのかけらも感じられない。仮定が正しいなら、脳天気さはもう身についているんだろう。
「最期の鍵が見つからない!」
「知らないって」
その彼女はテレビに向かって手元のコントローラーをけだるげにいじっている。RPGらしい。ボスのところに行く部屋の鍵が見つからないらしく、何度も同じところを行ったり来たりしている。
「もう……」
僕の返事が適当だったからか、いつまでも鍵が見つからないからか、少し怒ったふうでコントローラーをいじる。視線はテレビから離されない。笑いながらゲームをしている沙希を見ていると僕もなんとなく幸せな気分になって、そのまま寝てしまいたくなる。
あぁ、幸せだな。って。いまここには僕を傷つけるものもない。沙希と僕だけがいて、余計なものはない。でもあと一週間ぐらいしたら悪意とそれ以外の有象無象に囲まれた生活に戻る。それは嫌だ。まぁいいんだけどさ。とか、そんな風には思わない。それでも受け入れなくちゃいけないのだけど。
沙希が帰るまで起きていようと思ったけど、疲れているし、寝ることにする。
「おやすみ」

朝だ。
携帯のアラームにも目覚ましにも起こされることなく起きた日は、そのときから調子がいい。
ベッドから辷り出る。
「おはよう」
「うわっ」
布団の中から沙希の頭がとびだしていた。
「おはよう」
「おはよう……」
いいけどさ……