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昔書いた小説とかのせておきます

Feb 6

孤独の離脱(4)

一話 自分からの離脱(4)

いっちゃった。
さて、どうしようかな。春巳がコーヒーを入れてくるまでわたしはなにをしていようか。
ごおぉぉぉ、とうなっているストーブ。まだ点けたばっかりで、くさい空気ばかりをはき出している。
「窓でも開けよう」
二重の窓を開けて、換気をする。外の凍った空気が部屋の中にゆっくりと入り込んでくる。窓から顔を出して、わたしは頬にさすような冷たさを感じる。あぁ、いまは冬なんだなって実感をもつ。好きな瞬間のひとつだ。
「んー……」
きもちいい。寒いのは好きじゃないけど、こうやって、少しだけ寒さを感じるのは好きだ。生きていることの実感めいたものを感じられるからだ。わたしはちゃんと寒さを感じられている。
当たり前のことなんだけどね。
「はぁ……」
これ以上してると部屋が寒くなっちゃうから、少し惜しいけど窓を閉めることにする。換気ももう十分できてるはずだ。
あっ、そうだ。コートも脱がないと。すっかり忘れていた。鞄もまだ背負ったままだったし。ぼんやりしすぎだな……だけど、こうしたうっかりも嬉しい。脳天気さの象徴みたいなものだ。
「ふぅ……」
重たい鞄とコートから解放されて息をつく。まだ、体には分厚い制服もまとわりついているけど、それは我慢する。何事にも我慢は必要なはずだ。しすぎちゃいけないし、むしろ、少ししないぐらいがちょうどちょうどいいんだけど。
脱いだコートを簡単にたたんでベッドの上に置く。
「…………」
「きたない……」
ベッドは朝起きたときのままといった状態で放置されている。別にそれはいつものことなんだけど、今日は少し直してあげようかなって気分になった。おせっかい焼きだな。
「…………」
どうせ、春巳はそんなこと気にしないし、明日の朝にはもうさっきと同じ状態になるはずだ。だけど、目についちゃったからしたくなったんだ。
「あっ」
シーツを払ってしわを伸ばそうと思った。だから、何枚もの掛け布団の間に手をさしこんで持ち上げようとした。
「ぬくい……」
まだ布団の奥には熱が残っていた。少し気持ち悪いような、湿ったぬくもり。
どうしようもないものに衝き動かされるようにして、わたしは布団の中に頭を突っ込んだ。突っ込んでいた。気がついたらそうしていたのだ。髪が乱れちゃうなっておもうけど、我慢できなかった。
あぁ……あったかい……重い布団に頭を押さえつけられている。ほんの少しのぬくもりは手先が感じたのと同じに湿っていて、気持ち悪い。だけど、それが無性に気持ちよく感じられるし、愛おしさも感じる。それに、においも感じる。春巳の、体のにおい。
「んん……」
それを肺いっぱいに吸い込んで、はき出す。動物みたいだ。それは、彼のベッドの中がということだ。
「なにしてるの?」
不意に声が掛かる。彼が戻ってきたんだな。
「ベッドメイク」
「とてもそんな風には見えないけど」
「世の中にはこういう方法もあるんだよ」
「嘘つき」
「大好き」
「唐突だね」
本当に好きなんだ。心の深いところから湧き上がるような愛おしさを感じている。
「春巳も、一緒にしようよ」
それにしても、息が苦しい。息のしづらい姿勢だし、元から空気も薄そうな場所だ。
「しないよ」
「じゃあ、わたしはもう少ししてる」
「恥ずかしいからやめてよ」
「わたしは恥ずかしくない」
ただ、きもちいいだけ。いま幸せだから、飽きるまでこうしていたい。布団の向こう側からくもぐった物音が聞こえてくる。歩く音、どこかにお盆を置いて、そのうえでカップが跳ねる。イスに座る音と、座られたイスのきしむ音、少しの間音は止んで、パソコンをいじっているんだろう、キーボードを叩く音が聞こえる。
少し眠いし、このまま寝ちゃおうか。それとも、せっかく淹れてきてくれたんだ、コーヒーを飲んでからにしようか。あぁ、そうだ。この状態で寝たらきっと夢見が悪くなる。
雪崩に巻き込まれて冷凍保存される夢でも見そうだ。
「起きたの?」
PCデスクの前に座った春巳に声をかけられる。予想した通り、ディスプレイにはブラウザが表示されている。
「コーヒーだけ飲んで寝る」
「一緒に?」
「どっちでもいい」
「そう……」
興味をなくしたみたいにふいっとディスプレイの方に向き直ってしまった。強引に誘った方がよかったのかな。春巳のご機嫌を取りたい訳じゃないから別にいいんだけど。
お盆の中のわたしのために持ってきてくれたシュガースティックとポーション。春巳は使わない。それをコーヒーのマグカップに流して、スプーンで混ぜる。
くるくる回る液面を一通り眺めて、湯気の立ちのぼるコーヒーはまだ熱いから飲まないで放置する。冷めるまでの間は春巳の背中を眺めている。背中も頭も足もじっと動かさないで、だけど指先と手首だけを小刻みに動かしている。そんな奇妙な姿をただぼんやり眺めていて、頭の別の場所でわたしはなにをしているんだろうなぁ……って考える。ただコーヒーが冷めるのを待っているだけだけど、そこに哲学を探しているようで、バカらしくなる。そんなこと考えないほうがいいのに。ただ、眺めているだけでいいのに……自制する。
なら、見なければいい。あんな背中は見ていないほうがいい。後ろを向いて、コーヒーを飲んでさっさと寝てしまおう。
「なにしてるの?」
それでも気になっちゃうから声を掛ける。ふたりともそっぽを向いて背中をあわせた状態で喋る。
「いつもと同じだよ」
「そう……」
その間わたしはまだくるくる回っているコーヒーの液面を眺めていた。早く冷めないか。早く寝てしまいたいけど熱いのを我慢して飲むほどじゃない。
「あれ?」
中途半端な気持ちで待っていたらコーヒーはいつの間にか凍っていた。くるくる渦を巻いたままの状態で。
「あぁ……」
そうだ。魔法使いになったんだった。自分でも忘れてたけど。
「ねっ、見て」
彼はわたしの魔法のことを全然信じてないみたいだけど、これを見たら信じてくれるはずだ。
「なに……?」
氷になったコーヒーを見て怪訝そうな顔をする。当たり前だ、こんなこと普通にしてたら起きるはずがない。わたしはその信じられないという顔を見て嬉しくなる。ほら、もっと見て、って自分の得意を親に見せる子供みたいだ。
「これが魔法」
氷にできたんだから、温かくすることもできるはずと思って、元に戻そうとする。マグカップの中をじっと見て、温まれと思う。
「ほらっ」
思った通りで、かちかちに凍っていたコーヒーは元の温かい状態に戻っていた。
「ほんとに魔法使いになったんだよ」
「あ、あぁ……」
目の前で起きていることが信じられないといった様子。それもそうだ。魔法を使った張本人のわたしだっておどろいてる。自分が魔法使いだってことは、薄々というか、ぼんやりというか、特に象徴するような出来事があった訳じゃない――だけど、そうなんだって思っていた。だから、おどろくこともないんだけど、いざ魔法を使ったとなるとやっぱりおどろいてしまう。
「すごいでしょ」
にこにこ。自分でも笑っているのがわかる。おどろいた春巳の顔が面白くて、もっと何かしてみたくなる。
調子に乗って氷に戻したり液体に戻したりする。そのたびに目を白黒させる春巳。
「本当に……魔法使いに……?」
「ほんとだってば」
やっぱり信じられないみたいだ。当たり前だとは思うけど。
「あっ!」
カップが割れた。
「ごめんね」
だけどコーヒーは空中に浮かんだままでいる。
陶器のカップはやっぱりなんどもも冷ましたり温めたりしたらいけないらしい。
宇宙船とか無重力のところで見る液体みたいにコーヒーは丸くなって、割れたカップと一緒に浮かんでいる。
「あぁ、うん……別にいいけど」
「どうしよっか、これ」
とっさに浮かばせてみたけど、このあとどうすればいいのかわからない。
「かわりのカップ持ってくるよ」
そういって春巳は慌ただしく部屋をでていった。
ひとり残されて、わたしは本当に魔法使いになっちゃったんだな……と実感する。なんで魔法使いになったのかはわからないけど。



「じゃあね」
沙希を玄関先まで見送っていく。外はもう暗くなっていて、家々の明かりが薄暗く、陰気に雪と道を照らしているばかりだ。
「うん」
まだ少し寝ぼけたみたいでいる。あのあと沙希は疲れたといって、一人で寝てしまった。声の端っこがまだぼんやりしていてこのまま帰すのに少し心配になる。
「じゃ」
笑って、手を振って、門を出て垣根の向こう側に消えてしまうのを見届けて僕も部屋に戻ることにする。外は寒くて、ほんの数分戸を開けていただけで冷たい空気がなだれ込んでいた。早く温かい部屋に戻ろう。

沙希ももう帰ってしまった。家には僕ひとりしかいない。だからといって何かある訳じゃないけど、急に静かになって、少しぼんやりしてしまう。
魔法のことを思い出す。コーヒーを冷ましたり温めたり、ものを宙に浮かせたり。沙希はそれをこともなげににやっていた。疑おうとしている訳じゃないけど、やっぱり信じがたい。それはいままで積み上げてきた常識とかからくる先入観かもしれない。もしかしたら僕は偶然知らなかっただけで、魔法なんて実はありふれていて、なんの特別性もないものなのかもしれない。
まぁ……そんなことはないか。そんな偶然がある訳ない。ここまで歳を取ってきて、一度もそれに気付かないなんて偶然はさすがにあり得ない。だから、魔法は特別なのかもしれない。
じゃあなんで彼女が魔法を使えるのか。
それはわからない。前から魔法使いを自称していたけど、実際に魔法を使うのを見たのは今日が初めてだ。なんでいままで使わなかったのだろう。それとも使えなかったのか。僕に凍ったコーヒーを見せてきたとき、誇らしそうな顔をしていたけど、かすかにおどろいているようにも見えた。あのとき初めて魔法を使えるようになったのかもしれない。
ずっと魔法使いになりたいと思っていたら、本当になってしまったんだろうか。
これのほうが、いままで魔法に気付かなかったよりよっぽど非現実的で非科学的か。願うだけでなれるならわけない。
考えても仕方のないことなのかもしれない。魔法なんて真面目に考えても解ることじゃないし、温度を好きに変えられて、ものを宙に浮かばせて……そこに理屈があるとは思えない。魔法も体系化されていて科学とは違う理屈があるのかもしれないけど、僕はそれを知らない。
沙希はなんで魔法使いに……
解る訳ないと思っている一方、考えろ考えろと圧力をかけるように問いが浮かんでくる。
まぁいいか。
疑問のすべてを放擲してベッドに倒れ込む。
「はぁ……」
沙希がつい今まで寝ていたベッドには彼女の体温とにおいが残っていて、何となく顔を押しつけていた。布団に挟まれていた沙希もこんなような気分だったのかもしれない


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