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昔書いた小説とかのせておきます

Feb 7

孤独の離脱(5)

一話 自分からの離脱(5)

沙希はどんどん魔法使いらしくなっていく。今もたくさんのアロマキャンドルに火を点けたりしている。
「何やってるの?」
「魔法の練習」
短く返されて、またろうそくの方をじっと見ている。じぃっと見つめていたろうそくに火が点いて、それから堰をきるようにすべてのろうそくに火が点いた。ほんとにもう魔法使いなんだな。
部屋にむせかえるような甘ったるいにおいが満ちる。
「どう?」
「どうといわれても……すごいんじゃん?」
目の前で起きていることは非現実的でどうコメントしていいのか悩む。僕は魔法を使えないからそれがすごいのか解らなくておざなりな返事になってしまう。
「…………」
それを聞いているのか、いないのか、またろうそくの方をじっとみて、こんどは順々に火を消していった。
「出かけない?」
「コンビニ?」
ちょうど腹も空いていたし、それならいいかもしれない。
「ううん」
「じゃあどこ?」
こんな時間に出かけるところなんてないはずだ。ここは田舎だから遊びに行くような場所もない。
「散歩」
「今から?」
外はもう真っ暗だ。そろそろ日が変わる頃だし、寒いし、あんまり行きたくない。
「夜景がきれいだよ」
「この街じゃ夜景なんて見れないよ」
「見れるんだよ。見せてあげるから」
なにを言っているのか……魔法の何かだろうか。
「行こうよ」
「別にいいけど……」
どこに行くんだか……沙希の行動は最近、突拍子のない方向に向くことが多くてよくわからない。魔法使いになって彼女の中で何か変わったのかもしれない。僕はその変わりかたについて行けなくて、だから彼女の行動を突拍子もない、って思ってしまうんだ。
そんなことを考えながら出かける準備をする。
「これ、貸してあげる」
「なに?」
マフラーだった。
「外、寒いから」
「うん」
僕もマフラーは持っている。二本巻けばいいのだろうか。
「どこに行くの?」
そんなに寒いところに行くのだろうか。想像を巡らせるけど、特にそんな場所は思いつかない。外に出ればどこだって一様に寒いんだし、ものすごく、って場所はない気がする。
「秘密」
らしい。やっぱり沙希の考えていることは解らなくて少しさみしい。それは彼女が魔法を使うようになる前からだけど、解らなくて悲しいのを魔法と重ねて理由を作っているだけかもしれない。べつに、沙希を理解することが僕の目的じゃなけど、近くにいてもなにも解らないのはやっぱり嫌だ。
「そう」
そんなことを考えている間に準備は終わって沙希に手を引かれていた。
「どこに行くの?」
「ベランダ」
「飛び降りて夢の国に散歩に行く?」
「飛び降りて空に散歩に行く」
なにをするんだろう。
窓が開けられて部屋の中に冬の風がなだれてくる。けど、ずっと暖かい部屋にいたから体はそんなすぐには冷えない。ただ、少し寒いな、と思う程度だ。本当に飛び降りてしまうのだろうか。死にたいか死にたくないか、わざわざ死にたいとは思わない。だけど、彼女に一緒に死のうと切実そうにいわれたらそうしてしまうかもしれない。沙希はそんなことをいわないと思うけど。死ぬならひとりでひっそりと死ぬだろう。僕を呼ぶかもしれないけど、それでもやっぱり、静かにひとりで死ぬだろう。
「ねっ、背中に乗って」
「いいの?」
つぶれてしまいそうな気がする。僕は別に重くないけど、それでも沙希はつぶれてしまいそうな気がしてならない。特別細いとか非力とかそういう訳じゃないけど、そんな気がする。
「はやく」
「はいはい」
いいのかな……でも、そういっているんだからきっと大丈夫なのだろう。
首に手を回して、背中に体を乗せる。だけど、これは乗るというよりももたれるといったような感じだ。
「手、放さないでね。落ちるから」
「うん」
ほんとに飛ぶのだろうか。
「行くよ」
そういって彼女はベランダの地面を軽く蹴って、それきりつま先は浮いたままでいた。僕のも彼女のも。これも魔法の力か。
「練習したんだ。ふたりで飛ぶのは初めてだけど、リュックに重りを入れて練習したからきっと大丈夫」
「うん」
さっきもろうそくに火を点けたり消したりしていて、魔法の練習をしていた。初めて魔法を使ったときからずっと練習をしているのだろうか。沙希は魔法を使ってどうするのだろう。
「墜落しても許してね」
「もちろん」
そんなことは気にしない。積極的に死にたいとは思わないけど、別に今ならそういうのもいいかもしれない。沙希と一緒に死ねるのだし、他のシチュエーションよりは大分いいだろう。少なくとも車に轢かれるとか、病気で苦しんだ末に、とかよりは大分いい。
体が一瞬沈み込むようになって、つま先が少しだけ地面に触れた。そのあと、ふわりと体が浮き上がるように持ち上がって、ベランダの手すりも乗り越えて、下にはなにもなくなっていた。
足下にはなにもないんだ。今までしっかりと足の裏をつけていた地面が今はない。ときどき跳ねてみたりして、そのときだけは体が浮き上がる。だけど、こんなに長く離れていたことはない。飛行機に乗ったって、足は床の上だ。今はなにもない。
「どう?」
「足が地面についてない」
「変な感想だね」
沙希の部屋はマンションの割と高い階にある。だから、地面はもうずっと下のほうにあって、僕も沙希も落ちたらきっと死んでしまう。
「高いね。落ちたらきっと死ぬ」
「そりゃあね。でもきっとだいじょぶだよ。落ちたりなんてしない」
「落ちたくない?」
「わかんない。でも落ちるような真似はしない」
「そう」
落ちたりはしないらしい。自殺願望がある訳じゃないから残念だとは思わない。それでも少しは魅力的に思ってしまう。今はすごくいい気分で、死ぬなら今がいいと思えるから。これから先、たくさんの困難やあ辛いことがある。なら、今この気分のまま終わらせてくれたらいい。その程度の魅力。
「寒い?」
「大丈夫」
まだ外に出たばかりで、そんなに寒くない。高いところにいると風が強くて、コートの隙間からどこからか寒いものがにじんでくるけど、まだ大丈夫だ。
「もっと高いところへ行くよ」
「うん」
「つかまっててね。落ちたら助けられるか解らない」
自分勝手だけど、ひとりで落ちたいとは思わない。死ぬならふたりの方が絶対いい。ひとりは嫌だ。落ちる間に気分も冷めてしまいそうだし。
だから、彼女の首にかけた手に力を込める。持っているマフラーのうちの一本を貸してもらって、彼女はいつも使っている方を首に巻いている。
「沙希は寒くないの?」
「寒いぐらいでいいんだよ」
「そっか」
それがどんな理屈によるものかは解らないけど、それでも納得した。寒いほうがいい。
もう話は終わったらしくて、体は更に空へ向かっていく。今日はよく晴れていて、空は昼間のものを何倍も濃くしたような深い青をしていた。
その深い青の中に向かっていくか落ちていくかしていく中、数えられない程度の星が目に入る。
風が強くて、マフラーはそのまま首からもがれて飛んでいってしまいそうだった。沙希に借りたものだからなくしちゃいけないと思って、だけど手は彼女の首にしっかり巻かれていて押さえることは。仕方なくあごを引いて精一杯の抵抗をしてみる。そうしている最中にも星は僕の目の中に飛び込んでくる。
目も開けられないような風の中で星を見ていた。いつのまにか、首にかけた手の指先に力を込めていた。ふわふわの毛糸のマフラーのなかに指を埋めて、しかしそんなことは意識もしないで星だけを見ていた。
「きれい……」
「なにが?」
「星が」
「そう」
別にいつもと変わらないんじゃないの? そんなことをいわれるかと思ったけど、彼女はそのまま興味をなくしたみたいに会話を打ち切り、また加速する。
僕は彼女の背中にいるけど、それでも風は吹き付けてきて容赦なく体温を奪っていく。このまま凍死ししてしまいそうだ。その中でマフラー越しに沙希にふれている指だけが温かい。きっと、直接肌に触れられたらもっと暖かいはずだ。だけど、そんなことをするのも面倒で、ただ星を見ていたかった。星だけを見ていたら、体は僕から剥がれて、残るのは、残るのは僕の意識だけになってしまって、そうしたらどうなるのだろう。
無駄なものは全部なくしてしまって、残るものは意識だけ。それはとてもきれいに感じられるし、素敵で、魅力的だけど、やっぱり少し怖くてまた指先に力を込めた。
「苦しいよ」
「ん……ごめん」
そんな無駄のない状態になったら僕は孤独なのだろうか? そこに沙希はいるのか? 完璧な状態になって、そしたら僕はきっとひとりになる。それは嫌だな。沙希と一緒にいたい。そうは思うけど、やっぱり意識だけの状態というのはきれいなままで、素敵だ。
「ほら、ついたよ」
「どこに?」
「さあね。どこか高いところ」
彼女のいうとおり、ここは高いところで、さっきまで足をつけていた地面も、見下ろした地面も遠く離れて見えなくなっていた。
僕は地面から離れて、一緒にこそにあったものからも離れられた、少しだけ無駄なものをなくして、僕だけの状態に近づいた。
「寒いよ」
「コートも貸してあげればよかったね」
「さすがにコートをふたつは無理だよ」
「あはは。そうだね」
そんな楽しい会話をする。やっぱり、ひとりになるのは嫌だ。それでも素敵なものに未練はあるけど。
「ねぇ、きれい?」
「下のほう?」
「そう」
僕たちの住んでいるところは長細い光の帯のようになっている。国道と電車が通っている小さな街で、短い電車も駅舎もはこの時間は明かりを落としていて見えない。だけど、国道だけは黄色と赤の光で小さな、糸みたいに細い帯を作っている。
「わからない。人が沢山いそう」
「そうだね。たくさんいるね」
「人が沢山いるのは、今はあんまり好きじゃない」
今は。だけど、これから先ずっと嫌いになってしまうかもしれない。こういう、星とかのきれいなものは人の中にないような気がするからだ。孤独の中にある。僕は踏ん切りがつかなくてその場所には行けそうにないけど、でもいつかはいってしまいそうな気がするから、もう、あの中には行きたくない。もう、僕はそこに住んでいないのだし。できることなら、こうやって、ずっと飛んでいたい。
「そうだっけ? 初耳だよ。わたしは春巳のこと知らなかったんだなぁ……」
「ううん。今知ったばかりだよ」
「そうなの」
だけど、僕はひとりじゃ飛べない。こうやって沙希の背中にすがりついていないと無理なんだ。ひとりではひとりになれるところにいけない。それはもどかしくもあるけど、嬉しくもある。地面のあるところにいたらひとりにはなれない。だからそれは嫌だ。沙希の背中にすがりついて飛んでもらえば、僕と沙希しかいないところへいける。今はまだふたりがいいから、この状態で心地いい。
「寒いね」
「帰りたい?」
「まだいたい。寒くてもいい」
ずっと寒いところにいてもいい。このまま意識が消えてしまうまでいたいと思う。
「冷凍保存されたい」
「なにそれ?」
笑われる。
それでもいいと思う。
「ずっとこうやって、寒いところにいて、いつの間にか意識とかなくなったりしたら最高だと思う」
「死にたいの?」
「解らない」
死にたいのかな? だけど、それは死ぬという感じではない。全部なくなってしまうような感じ。
「危ないね」
「なにが?」
「危ないというよりも、あやうい。春巳、いつか死んじゃいそう」
「死なない人間なんていないよ」
「そんなことを訊いてる訳じゃないよ。わかってるでしょ」
沙希がそんな月並みのこたえを訊きたい訳じゃないっていうことは解っている。だけど、自分の中でもよくわからなかったから、そう応えるしかなかった。
沙希にとってどんなものが答えなのだろうか。
僕にとってそれはやっぱり死ぬこととは違う。もっと希望にあふれたものだ。周りのものたちに自分を奪われて、残ったほんの少しのものをかき集めて抱いて、背中を丸めてもう許してくださいといって、みすぼらしく終わらされてしまう死とは全然違う。もっと名誉あるものだ。
大切なもの以外全部をすてて、飛び上がる。周りにはなにもないところへ。
奪うものはいない。だから、それらから逃げるために身につけていた、重いものもいらない。自分の大事にしてるものだけをもっていける。そうしてひとりですごすのだ。
そこはきっと、ここみたいに寒いところだろう。
「死なないよ」
「なんで? 君が死なない理由なんてないよ」
「それでも死なないよ。絶対」
いつか、きれいで素敵なものになるまでは。でもそうなれるまで、僕は地面にいないといけない。その間は奪われてもいいものをたくさん身につけて、自分も誰かからそのどうでもいいものを奪わないといけない。奪われてばかりじゃなにもなくなってしまうからだ。自分の大切にしてるものも全部、自分自身も。
それまでは絶対に死ねない。
「そう。じゃあ、わたしは安心していいの?」
「いいよ。沙希がいなくなるまで僕は絶対死なない」
「いなくなったら死んじゃうの?」
「たぶんね」
きれいなものになっても、それは傍目から見れば死んでいるようにしか見えないだろう。体もすててしまうからだ。
「でも、僕は死んでないよ」
つないだ手から、僕は沙希の大切なものを感じるときがある。互いに手のひらに触れて、相手を直接感じることができる。そのときに、感じることができるのだ。
「温かいしね」
「なにが?」
「ゆび」
僕の指先はいつの間にかマフラーじゃなくて、沙希の首筋に絡められていた。
温かい。むしろ熱いぐらいだ。夜の空とは違って真白い、地面に積もった雪みたいな肌。だけど冷たい雪とは違って内側から発熱していた。
血管にふれているのか指先に弱い拍動を感じて、彼女の体が生きていることを知れた。
「沙希も、温かい」
「生きてるからね」
僕の体も温かいはずだ、だけど、このまま冷やされて、体温なんてなくしてしまえばいいと思う。
「生きていたほうがいいのかな?」
そうすれば無駄なものがひとつすてられる。
沙希とつなぐ手は最後まで残しているつもりだけど、それ以外はいらない。体も。つなぐ手は別に肉を伴っていなくてもいい。そんなものよりもっと良いものがあるはずだ。
「死んだら悲しむよ」
「じゃあ死ねないな」
沙希が悲しむなら、だめだ。死ねない。
所詮、沙希に生きる理由をもらって体にすがっているだけのかもかもしれない。すててしまう勇気がないから。
「寒いね」
指先に脈を打つ心臓を感じている。沙希は生きているし温かい。やっぱり未練がある。
星がきれいだ。今はまだいけないけど、近いうちに。全部振り切ってそこへ行こう。
「そろそろ戻る?」
「あと少しだけいたい」
「じゃあ、少しね。ここままじゃ死んじゃうから」
「うん」

「戻ってきちゃったね」
あのあと寒さで意識が飛びそうになる寸前まで空にいた。今は戻ってきてベランダにいる。ここも寒いけど、空にくらべたらずっと暖かい。
「わたしだってずっと飛べる訳じゃないから、いつかは戻らないと」
「そっか」
死ぬまで飛んでいて欲しいっていう身勝手な気持ちもあるけど。
「寒いし、はやく暖まろう」
この体の冷えをなくしてしまったら、また元の場所に戻ってしまうような気がする。今はまだ、かろうじて、意識だけは空にいる。
「そうだね」
それでも沙希と一緒にいられるなら別にいい。沙希の部屋には僕たちふたりしかいなくて、他に入ってくるものもいないから。夾雑な地べたよりはずっといいし安心できる。
なんだか、空を飛んでいる間にずいぶん矛盾した思いをもった気がする。自分でもよくわからない。
「あのね」なにか、決心したような声。
彼女はサッシに手をかけたままいう。
「わたしさ、魔法使いだから、いつまでもこうしてはいられないんだ」
「え?」
「魔法使いだから、いつか別れないといけない。ここじゃないところに行かないといけないんだ」
「…………」
……そうなのか。
「いつか別れなくちゃいけないけど、もう少しならいられるとおもうから、死なないでね」
「それは、いつまで?」
死なないでいられるだろうか。
「いつまでいなくなるかってこと?」
「それもあるけど、いつまで死ななければいい?」
「ずっと。ずっと戻ってこないかもしれないし、すぐ戻ってくるかもしれない。だけど、解らないから死なないで。あと、わたしがいなくなったあとも、できれば……」
「…………」
「ねぇ……」
「うん。がんばる」
「絶対ね」冗談みたいにいう。沙希も、絶対なんてものはないことを知っている。それでも、絶対といった。
沙希がいなくなってしまう。
僕はどうやって生きていけばいいんだろう。沙希のいないところでどうして生きていけるか? そんなのは無理だ。
「身勝手だよね」
沙希の手をつかむ。指先は冷え切っているけど、それでも温かい。
抽象とか観念とか、そんなものでつながっているよりも強い実感がある。
「うん。身勝手だ。魔法使いだからって、どこかへ行くなんて」
「ごめんね。だけどそうしなくちゃいけないんだ」
ぎゅう、と強く手を握る。小さい手はそれだけつぶれてしまいそうだけど、強く熱を感じることができる。彼女の中に流れる血の温度と、細胞の発熱、それから大事にしているもの。それらを感じることができる。
だけど、それも手のひら越しにしか感じることができずに、僕を不安にさせる。こんな小さいものじゃ怖い。手のひらのちっぽけ感覚だけじゃ、彼女が今すぐにでもどこかへ行ってしまうんじゃないかと不安で仕方がない。
だから、強く抱きしめる。
「ごめんね。ごめんね……」
本当に肩とか肋骨とか、折れてしまうんじゃないかと思えるほど強く抱く。そうでもしないと感じられないからだ。だけどそれも、ごわごわして分厚いコートに阻まれてうまく感じられない。そして、それを脱がしても体が邪魔をして沙希の本質には近づけない。
「沙希のせいじゃ、ないよ」
……だからといって許せる訳じゃないけど。
彼女はなんで魔法使いになってしまったんだ。


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