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昔書いた小説とかのせておきます

Feb 8

孤独の離脱(5)

一話 自分からの離脱(5)


いつの間にか、もう朝だ。
沙希が魔法使いを自称するようになってからどのくらいの時間が過ぎたのかなんて忘れてしまったし、最後にそういっていたのは確か正月だけど、今がいつだか解らないからそれもずっと昔に感じられる。
それでも窓から注いでくる朝の光は最後のとき同じで、透明で青い色をしていた。これも無駄なものがなくて、きれいで素敵なものだ。カーテンの隙間から柱のよう差し込む光の中に指を浸して、そんなことを考えていた。真冬の光のくせに指先を温める熱を持っている。そこには誰かが名前をつけた赤外線って名前の光がが含まれていて、光が柱のように見えるのにも、やっぱり知らない誰かがつけたチンダル効果という名前がついている。だけど、そんなきれいなものに名前をつけたひとはきっとこの光と違って汚いものだったはずだ。名前なんていらない。
そう思ったら光を見るのも辛くなってしまって目をそらしてしまう。
そらした視線の先には沙希がいて、布団の中で幸福そうに寝ている。
「…………」
疲れているだろうし、そっとしておいたほうがいい。そうは思うけど、もどかしくて肩に触れた。むき出しの肩は思いの外冷えていて、おどろいた。それでも手は引っ込めずに、包むようにふれていた。これで少しでも暖まるといい。
だけど、そんなんじゃ全然暖まらないことも解っているから、布団を肩まで上げてやる。布団がかすれる音がうるさかったのか、小さく声をもらして寝返りをうった。起こしちゃまずいよなと思いつつも、こんどは髪にふれて、梳いてみる。
彼女は寝る直前に「今日か明日には出て行くよ」そういった。
沙希の体の感触を絶対に忘れないように何度もふれて、キスをして、強く抱いて、それでも覚えようとした感触は頭の中からこぼれ落ちてしまって、また何度も何度も抱いたりした。
そうしているうちに朝になって、彼女は疲れて寝てしまった。
さらさらと流れる髪は指に気持ちがいい。やっぱりすぐに忘れてしまうというのは解っているけど、それでも精一杯忘れないように、頭の中に焼き付ける。
髪を梳くのをやめて、指に残る感触を何度も何度も反芻する。だけど、やっぱりすぐに忘れてしまう。これはもう仕方ないことなんだと割り切らないといけない。沙希も戻ってくるかもしれないといっていた。これが最後とは限らないから、いい加減諦めないといけない。
最後にキスだけして、もういちど温かい布団に入る。

「ねぇ、どこに行こうか?」
「神社に行こう」
そういえば初詣に行ったときおみくじをしなかった。だから、最後にそういうことをするのもいいかもしれないと思った。
「地味だね」
笑われる。けどいいじゃないか。
「いいじゃん。べつに」
「そだね。それで丁度いいのかな」
駅前の道を歩く。平日の午後で、元から使う人の少ない駅とその駅前は人がまばらだ。空は初詣の時と同じで曇っている。
「丁度いい?」
「そう。わたしたちの関係はそれぐらいが丁度いいんだよ」
「そうかも」
別に感傷にひたりたいということじゃないけど、沙希は本当に短いうちに変わってしまったと思う。それは魔法使いになって……魔法使いとしての視点を獲得したからかもしれないし、元から僕は沙希のことなんて解っていなかったのかもしれない。
空はもう一度見上げても曇ったままだ。それは当たり前のことで、自分でも解っている。だけど、晴れてくれたっていいんじゃないか、もしかしたら晴れてくれないか。彼女の前途を祝福するような青い空があってもいいんじゃないかと思う。
「ほんとに、そんなものだったんだよ……」
「沙希?」
「わたしたちの関係なんて……ごめんね。変なこといって」
「別にいいけど」
沙希はもっと脳天気な感じじゃなかったか。そんな、いろいろ考えたりなんてし勝ったんじゃないか? 魔法使いになって変わってしまったのだろうか。
「……変わったね」
本当に変わったのだろう。僕が沙希のことを全然見ていなかったのではなく。全部見れていたとは思わないし、沙希だって全部見てほしいとは思わないだろう。
「わたしが?」
「そう。もっと脳天気な感じだったよ」
最初に魔法を使ってから、まだ一ヶ月と過ぎていない。きっと、一年後とかにはもっと変わっているのだろうし、そうしたら僕たちは一緒にいられないだろう。だから、今が潮時なのかもしれない。
「そうだね……もっと短絡的だった」
ここで袂を分かつのがいいのかもしれない。
「今はそうじゃない?」
「少しね」
路面は雪で濡れているのに踵はこつこつと音を立てる。今まではどこへ行くとか決めないで、ただなんとなしに歩いていただけだったけど、神社に行くという目的ができた。
それでどうするか、と。そんなものはない。
ただ、沙希がいってしまうまで時間を潰しているだけだ。
こんな考え方は悲しいけど、それでも実際そうなのだ。別に、思い出をつくろうなんて殊勝な考えはない。だから、やっぱり時間潰しでしかないのだ。
……それでも一緒にいるのは未練か?
意地を張っているのかもしれない。
「魔法使いなんて……」
意地でも何でもいいけど。それの正体がなんであったとしても、僕はいまこうやって幸せだから。……沙希の代わりに脳天気になっているのかもしれない。今は楽しいから大丈夫。そんな短絡的な考え。今日か明日、沙希がいなくなって、それから僕はどうしていくんだろう。
どうもしないけど。元から目の前に何かがあるる訳じゃない。ただ、渺茫と続いている空間で漠とした不安を抱えながら歩いている。ずっととまっていても仕方がないから、とりあえず歩いているだけだ。
「……魔法使いになんてなりたくなかった」
もし、魔法使いにならなかったら、僕たちの関係は変わらずに、ずっとあのままだったのだろうか。
それが停滞かは安定かしらないけど、僕はそうしていたいと思うはずだ。だけど、魔法使い以外の理由でもそんな関係は崩れてしまうだろう。僕と彼女は歳と学年がひとつ違って、彼女が卒業してしまえばそのまま自然消滅してしまうかもしれない。そんなことはない! と大声で叫ぶこともできるけど、実際はどうか解らない。
そんな、もろい関係だった。
認めたくはないけど。
「そうしたら、ずっと一緒にいられたかもしれないのにね。ほんと……」
やっぱり初詣の時と同じように山の向こうから黒い雲が迫ってきている。今日も雪だ。
「早く行こう。雪が降るから」
「……うん……」
手を引いて歩き出す。

「なにもないね」
沙希のいうとおりで、境内にはなにもない。
「たこ焼き屋出てないね」
「なにもない時期だから仕方ないよ」
雪ばっかりで人の姿はもちろん、出店もない。僕はそれを寂しいと思わないけど、沙希はどうだろうか。魔法使いになる前ならこう思ったというのすら思いつかない。元からそんなことは考えたりしなかった。今が特別なだけだ。
「社務所開いてるかな……」
「お守りでも買ってくれるの?」
「あぁ……買おうか」
忘れてたけど、それぐらいはしてもいい。だけど、なにのお守りを買えばいいのだろう。交通安全?
「ありがと。一生大事にするよ」
「大袈裟だって」
石畳を歩く。ぐずぐずになった灰色の雪はなくて、真白い雪が参道をのぞいて積もっている。そこだけは雪を払っているのだろう。この神社にどれだけの人が来るかは解らないけど。ちゃんとしているらしい。
「なんかすごいね」
「なにが」
「人が全然いない。まっしろだし、本当に神様がいそう」
「神様はいないの?」
「さぁ……わかんない」
「魔法があるんだから神様もいるんじゃない」
「そうかもね」
彼女の魔法はどんなものなんだろう。いつもこともなげに使っているけど、その裏の論理を僕は知らない。
「でも、神様はお願いをかなえてくれなかったね。ずっといられない」
笑いながらいわれる。
「じゃあいないのかもしれない」
「うん。いないよ、きっと。それとも、お正月で全部のお願いをかなえられなかったのかも、みんなたくさん身勝手なことを願ったりするから」
「もう嫌になったのかもしれない。勝手なことばっかりいわれてたらお願いかなえるのもやめちゃうだろうし」
「あはは。かもね」
そんなくだらない話をしていたらいつの間にか拝殿の前に来ていて、僕は少し緊張する。なんてお願いをすればいいのだろう。それとも、お願いなんてしなくていいのか。どちらにせよ、それはかなわないのだろうけど。
「また、お金貸して」
「うん」
「十円ね」
「額に意味はないんじゃないの?」
「そんな迷信にもすがりたいほどかなって欲しい願いがあるのよ」
「そっか」
財布を出して中身を見る。幸い十円玉はたくさんあった。
「ほら、五十円」
「なんで?」
「十円よりも強そう。それに、五円の十倍だよ」
「じゃあ、五十円にする。きっとかなわないんだろうけどね」
かなわないといっているくせに、妙に神妙な顔をしている。もしかしたらっていうのを願っているんだろう。神様なんていないから、そんな「もしか」を願うことに意味はない。だけど、もしいるのなら、それを願いたいのだろう。やっぱり身勝手だけど。
五十円玉は放物線を描いて賽銭箱へ吸い込まれる。鈴縄を揺らしてうるさい音がたつ。
周囲にがらがらという音がわたって、僕は微妙な気持ちになる。それがどんなものかは自分でもわからない。
沙希はやっぱり間違った手順でお参りをしている。柏手を打ち、目をかたくつむって、あわせた手はしっかりと閉じて、必死な表情でいる。
いるかいないかも解らない神様に向かって必死で祈る姿をみて僕はまた微妙な気持ちになる。さっきのと今のこの気持ちは別物で、そのどちらも自分ではよくわからない。
殺風景な境内に風が吹いて僕は寒い。
祈り……
沙希は顔を上げずに祈り続けている。風が枝だけの木と、葉っぱの残っている榊と椿の中でうなっている。僕はなにもできずにただ立っている。耳の溝で風が渦を巻いて音を立てている。黒い雲の塊はさっき見たよりも近づいてきていて、この風だと仕方がないなと思いながらも少し残念だった。
「えへへ……」
いつの間にか沙希が僕の方を見て笑っていた。
「なんてお願いしたの?」
「教えない」
「そっか」
なんていいながらまた笑っている。風もまたどこかでうなっている。彼女は空を仰いで何事かを考えているような顔をしている。
「空、曇ってるね」
「そうだね」
やっぱり雪は降るだろう。
「明日の朝行くから」
「そうか……」
じゃあきっとそのときも雪は降っているだろう。天気が変わったからといって何かが変わる訳じゃないけど、それでも晴れていたほうがいい。
「じゃあ、お守り選ぼうか」
「そうだね」

結局何のお守りを選んだかというと恋愛成就だった。
「まだ成就してないからね」
ということらしい。やっぱりそんな関係だったのかもしれない。それとも、彼女の思う形と僕の考えているものが違っていたのかもしれない。違ってきたのかもしれない。